探求三昧2(旧はてなサイト) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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直太朗と百太郎


いまTVの『たけしの誰でもピカソ』で森山直太朗が出ていて、『さくら(独唱)』を久々に聴くことができた。
不覚にも涙が出そうになった。
この番組では、森山のファルセット(裏声)の秘密に迫るというところがあって、彼はこの歌をわざと難しく歌っているんだということがよくわかった。
家内いわく、森山直太朗って決して歌がうまいとは思わないそうだが、彼は歌がうまいのではなくて、技巧的な意味で歌が巧いのだと思う。


直太朗といえば、楽天か何かのサイトでユーザー登録したときに、ハンドルが必要ということで、「直太郎」にしたことがある。
いうまでもなく、本名の直也から取っている。
でも、いかにもということで、もう新しいところで使うのはやめた。
その代わり、いまは「百太郎」というのを使っている(たとえばTEPCOひかりのサイトとかで)。
そういえば、TEPCOひかりのサイトで「人間ヘルプ」というか案内人という人がいて、掲示板に質問などを書き込むと、TV画面に写った案内人が答えてくれる。
その案内人の女性が、このハンドルネームを私の意図する通りに「ももたろう」と読んでくれたのが嬉しかった。


ここで森山直太朗に話を戻して、彼を見ていると、反骨精神というか、単なるひねくれものというか、そういうものを感じる。
たとえば、桜が咲く季節に『さくら』をリリースしようなんて「そんなのヤだぜ」みたいな。
自分と同じ牡牛座(4月23日だから、たぶん)だということを知って、妙に納得した。
ちなみに、私よりも家内の方が誕生日がすごく近い(書くと怒られるかもしれないから書かない)。


百太郎というハンドルはもちろん本名(百瀬)から来ているが、「うしろの百太郎」に引っ掛けていることは言うまでもない。
ここで、若い人ならば「それ何?」と聞くだろう。
じつは、私の人生を狂わせた張本人(?)がこれだったのだ。
『うしろの百太郎』といえば、かつて私が超学生…タイプミス…中学生だった頃に『少年マガジン』で連載されていた、つのだじろうのマンガだ。
ここで、つのだじろうを知らない人に「あのつのだひろのお兄さんだよ」と言ったら、よけいに知らないかもしれない。
つのだひろは、あの名曲(と言われてるけれど私はそうとは思えない)『メリージェーン』を歌っている歌手…というか元々はロックバンドのドラマーだった人だ。


つのだひろといえば、かつては成毛滋とバンドを組んでいたことがあったと思う。
ここでも注釈が必要だろうが、成毛滋(なるもしげる)といえば、あの頃は日本を代表するロックギタリストみたいに言われていて、つのだひろも代表的なドラマーみたいに思われていて、つまりはスーパーバンドみたいなものだった。
ところでそのつのだひろの(こうひらがなが続いたんじゃ、意味が取れないじゃないか)『メリージェーン』って、最近はリクルートのCMなどでも登場するけれど、そんなに言われるほど名曲だとは思わない。
ひとつには、コード進行やメロディーが型にハマリすぎているということ。
「あのくらいならオレにも作れるぜ」みたいな。
要するに私は、直太朗やマイク・オールドフィールドみたいな、ひねくれ者の牡牛座なのだ。



『うしろの百太郎』に話を戻すと、これは少年漫画誌での恐怖マンガの走りだった。
少女漫画誌ならば、もっと昔から、たとえば梅津かずおの『蛇少女』とか一連の恐怖ものがあった。
作者のつのだじろうという人は、漫画家であると同時に、心霊研究家みたいな人で、このマンガも、実話というか、いろんな人々の実体験による話をマンガに挿入している。


つのだじろうといえば、私は会ったことはないが、私の弟が会っている。
昔、その『うしろの百太郎』が人気があった頃、弟は友達と一緒によく心霊写真を撮って、それが中岡俊哉の心霊写真集に載ったこともある。
ここでまた若い人たちを混乱させる名前が出てきてしまったが、中岡俊哉といえばその当時は売れっ子(?)の心霊研究家で、TVにもよく出演していた。
弟とその友達は、自分たちが撮った心霊写真を最初つのだじろうのところへ持っていって、そこで中岡俊哉を紹介されたのだという。
そして中岡俊哉が某TV番組に出演しているときに、スタジオで会うことになって、そのスタジオへ行ったところ、当時有名だったスプーン投げの関口少年が出演していて、中岡俊哉はゲストとして招かれたいたそうだ。


ええと、私の人生を狂わせたものの話だった。
そう、『うしろの百太郎』
このマンガにかぶれて、私はどんどん不思議世界への探求を始めて、足を洗えなくなってしまったのだ。
弟と一緒に四谷のお岩稲荷へのこのこ出かけていって、写真を撮ったこともあった。
そのとき、写真には何にも写っていなかったと記憶している。
単に何にも写っていなくて風景しか撮れていないというならば当たり前だが、写真が真っ白で何も写っていなかったのだ。
フィルムのすべてだったかどうかは覚えていないが、本島に不思議な現象だったのかもしれない。


このようにして、かつては低次元な心霊世界に浸っていたこともあった。
人生を狂わせたなんて書いてしまったが、いずれにしても、どっちにころんでも、今の私があったのだろう。
だから、『うしろの百太郎』のせいにするのはかわいそうだ。


森山直太朗の話題に戻ると、『たけしの誰でもピカソ』で使っていたギター(形からしてMartinの名器だと思う)は、すごくよく鳴っていた。
あれは、もしかしたらお母さんから借りたかもらったのかもしれない。
彼はひねくれ者のわりには、『さくら(独唱)』のようなありふれたコード進行(ベースラインの移動が)を使ったりして、どうもそのへんがよくわからない。
私自身も、彼がそんなに歌がうまい歌手だとは思わないが(ファルセットの使い方などの技巧的な意味を除いて)、少なくともあの歌に対する入れ込み方は母親譲りのものを持っているだろう。


脱線し続けて、もう何を書きたいんだかわからなくなってきた。
昨日は仕事が遅くなって夜1:00頃に帰宅して、睡眠不足のせいかもしれない(?)
あまりにもマニアックな話になってしまった。
こんなの読んで面白いと思う人なんていないかもしれない。
このへんで引っ込むことにする。
23:00 116517


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