今月は毎日帰りが遅くて、ゆっくりブログを書いている暇がないので…メモ書き程度に。
●さいきん…8月に九州聖地巡礼へ行ったあたりからだろうか。
天皇一族(の神々)と身の回りでシンクロすることが多いように思う。
九州での巡礼では、なぜか神武天皇にまつわる神社が多かった。
●昨日、午前中に某会社へ寄る前に、MIXIにアクセスしたら、なおなおさんが日記でヤマトタケル尊の夢を見たということを書いていた。
その直後に、大森の鴻(おおとり)神社というところの前を通って、気になってお参りしたら、御祭神が大和武尊だった。
日本武の妃神だった弟橘媛にも呼ばれたみたいだし、なんだか…。
●天皇は、「万世一系」ではないことは、自分の中では、かなりたしかなこと。
神武天皇は、いまの天皇とは別系統だろう。
神武天皇から数代の天皇は、天孫族が大和を侵略する前に王位についていた一族。
それは、出雲か、それとも物部か。
「怨霊の国」で、天皇家がもっとも畏れ敬った神々は、やはり出雲の神ではないか。
●昨日書店で見つけて買った『伽耶は日本のルーツ』(澤田洋太郎著)は、面白い。
著者は、偏見なく日本の古代史を大観できる数少ない歴史家だ。
その本の、まだ読んでいない部分をパラパラめくっていたら…。
イスラエル王国がスキタイによって征服されたから、古代ユダヤ文化が北方騎馬民族によって継承されて、東アジアに伝えられた可能性もあるようなことを書いていた。
また、日本の神道は古代ユダヤ教の儀式に驚くほど似ているとも書いている。
なかなか本質的部分に迫ったことを言う人だと感心した。
●じつは百瀬家の祖先も、朝鮮半島を経由して渡来した氏族の血が入っている可能性がある。
秦氏、多氏…。
いまのところ、ごくごく低い可能性ではあるのだけど…。
そうではないにしても、高句麗からの渡来人たちも多かった。
信濃というのは本当に面白いところだ。
縄文人、高句麗、多氏、秦氏、そして、もしかして十支族の末裔もいた?
●天皇といえば…。
イスラエルの十支族の末裔であるという可能性を、捨てきれないでいる。
もちろん、秦氏がそうであるという可能性に比べたら、それは微々たるものなのだが。
皇国史観とも差別意識とも関係なく、いかなるイデオロギーからも自由になって、事実をありのままに見るということを続けていくと…。
旧約聖書と記紀との対応に見るように、エフライム族と天皇家の足跡の類似点は、何を物語るのだろうか。
●まだまだまだまだ、知識が足りない。
澤田洋太郎さんや谷川健一さんのような人には、太刀打ちできない。
若い頃、なんと貴重な人生の時間を無駄に費やしてきたことか。
でも、学校で習うことには限界があるという点では、無駄ではなかったのかも。
だからこそ今の自分があったのか。
もっとも重要な真理というのは、学校で教わらないところにこそ見出されるという意味で。
●荒俣宏氏がシステムエンジニアだった頃、昼休みに食事の時間も惜しんで、デパートの椅子に腰掛けて洋書の翻訳をやっていたこと。
自分も同じような気持で生きているから、すごーくよくわかる。
人生の5分も時間を無駄にすまいという意気込み。
●以前にeグループ(今のYahooグループ)で、『聖地巡礼☆クラブ』というのをやっていた。
それをこんど復活させて、MIXIで同名のコミュを立ち上げた。
まだメンバーは少ないけれど、「マイ聖地ベスト○」とか神遣いの話題で盛り上がってます。