昨日書いた記事「病気にならない生き方」で、多くの人たちがコメントをつけてくれて、かなり反響があったみたいです。↓
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20051128/illness
yukakoさんたちが粗食・菜食志向だと知って、嬉しくなりました。
そこで肉食の害について書こうと思って、参考資料をネット上で探したら、ぼくのブログが検索されました。^^;
つまり、以前に既に書いていたんですね。
まったく物覚えが悪いな。↓
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20050315/makan
そこで、肉食の害について、以前の記事を補って書いてみることにしました。
こんなにある肉の害
今まで何度も書いているけれども、「人間の心」というのは、食べるものによってかなり左右されて形作られるものなんですね。
超がつく「敏感体質」の人間として、いままで生きてきた経験からもハッキリと言えることです。
ただ、そういうことは現代の科学では「測定」できないから、「わからない」(ありえない)で終わってしまっているだけなんです。
人間を観察すれば、その人がどういうものを食べているか、ある程度推測できます。
たとえば職場で一緒になる若者たちでも、「この人はキレやすいから、パンやカップ麺ばっかり食べてるんだろうな」とか。
食べる物による国民性というのも、あります。
前述の記事で書いた「肉食の弊害」の項目を改訂してみました。
肉食の害は、以下のようなものがあります。
(自分の経験・主観によるものもあります)
- 癌を始めとする成人病になりやすい。
- 血液を濁らせ、酸性に傾き、カルシウムを奪い、病気になりやすくなる。
- 性欲が過剰になり、犯罪が増える。
- 食肉用家畜の飼料のために世界の森林が減少し環境破壊が進む。
- 女性は男性的傾向が強まる。
- 男性はハゲ、薄毛の原因になる。
- わきが、体臭、口臭が強くなる。
- 自我が強まる。
- 寿命が短くなる(米国や中国の平均寿命を調べてみて)。
- 必要なタンパク質(アミノ酸)を摂取するために過剰な脂肪を取り肥満の原因になる。
- 家畜に与えられる過剰な抗生物質などにより複合的な害をもたらす。
- 暴力的、攻撃的、単細胞、イライラ、感情の激しさなどの性向をもたらす。
- ものの考え方が物質偏重に傾き、スピリチュアルな領域に関心をもてなくなる。
- 想念波動が粗くなり、霊的感受性や精妙な感覚(気・地震前兆など)が失われる。
- 霊性の向上を妨げ霊的に良くない影響をもたらす。
- 敏感体質の人は(私のように)夜に食べると眠れなくなる。
日本でもかつては四足の獣を食べることを嫌い、獣肉を食べることはあまりありませんでした。
それが、欧米の食生活が入り込んできたら、いつかしら癌や今までに少なかった成人病や難病のたぐいで死ぬ人々が増えてきました。
米国でも、肉食の過剰で「これではいけない」と思う一部の「進んだ人たち」が、ヴェジタリアンになりつつあります。
イスラエルでも、若い人たちを中心としてヴェジタリアンが広がりつつあります。
完全ヴェジタリアンは問題なし
人間は、「完全ヴェジタリアン」でも十分に生きていけます。
菜食主義なんて、気力がない、エネルギーが足りない人になってしまうのではないかと考える人もいるようですね。
それは、まったくの間違いです。
まず「菜食主義」という言葉が誤解を招く元でしょう。
Vegetarianという言葉はvegetableに似ているから誤解されるけれど、野菜から来ている言葉ではないんです。
なにも野菜ばっかり食べてるわけではない。
たしかに、ヴェジタリアンになるには、ある程度の、というか、かなり広範な「食」に対する知識が必要とされるでしょう。
でも、それをクリアすれば、気力に満ちた人間にもなれます。
一般に、ヴェジタリアンの人は攻撃性があまりなく、いつも温厚で優しい人が多いようです。
日本の伝統的な食生活は、完全ヴェジタリアンを十分に可能にします。
それが、大豆食品です。
豆腐、納豆、味噌、豆乳、etc。
大豆をそのまま火を通して食べるよりも、このような形で加工した方が、より効率よく栄養が摂取できるんですね。
大豆製品について、面白い話を読んだことがあります。
人間にとって必須アミノ酸というのがありますね。
必須アミノ酸とは、9種類のアミノ酸が均等に揃ってとらないと体内に吸収されないとされています。
どれかが少ないと、その少ないものの分しか取れないことになる。
そこで必須アミノ酸をバランス良くとることが大事だとされます。
必須アミノ酸のバランスがもっとも良いのは、動物の肉の類いです。
しかし、ご承知のとおり、その必須アミノ酸を動物肉からとるために、過剰な脂肪もとってしまい、いろいろと問題が生じるわけです。
これに対して、日本人の主食である米は、肉に比べると、あるアミノ酸が少ない傾向にあります。
ところが、米と大豆製品を一緒にとると、必須アミノ酸のバランスがかなり均等になって吸収されるんです。
つまり、米と大豆加工製品は、必須アミノ酸を得るためにも最高のコンビなんです。
これぞまさに古来からの生活の知恵ですね。
古代の人々は、どうやってそれがわかったんでしょう?
それこそが直観であり、本当の意味での「本能」ではないでしょうか。
動物は「栄養成分表」を見て食事をしているわけではないのに、自分たちにとって何が必要な栄養素かを知っているかのように生きています。
ところが現代の人間たちは、グルメとか飽食とかによって、あまりにも「嗜好」の奴隷に成り下がってます。
自分たちにとって本当に何が必要で、何が害なのかが、わからなくなってしまっている。
「食」というものへの執着から自由になりたい人は、断食なども良い方法だと思います。
さいごに個人的なことを少し
ここまでで終わるつもりだったけど、まだ書き足らないので…。^^;
ぼくは完全なヴェジタリアンになりたいというのが夢だけど、家族と一緒に住んでいて、そのような食生活を強制できないなどの都合上、海産物や、時には肉も食べます。
ちょっとかっこつけて言ってしまうと、「家族への愛」のために肉も食べるということかな。
特にうちの母は肉を食べないと心配して、あの手この手で食べさせようとするんですね。^^;
家内の考え方では、子供には肉も食べさせないわけにはいかないというけれど、そこらへんが考え方が違うんですね。
子供に対しては、ヴェジタリアンを強制することは良くないだろうけれど、逆に肉を食べようとしない子供に「強制」するのも、同様に問題ではないかと思います。
さいきん言われている「クリスタル・チルドレン」の多くは肉を食べないそうですね。
うちの息子はどうかわかりませんが。
本当に変な子で、普段はご飯に納豆と豆腐が入った味噌汁ぐらいしか食べないんですね。
動物性のものでは、北海道へ行ってシャケとかホッケを食べるようになりました。
肉は焼き鳥以外はあんまり食べようとしないけれど、最近やっとシュウマイとかハムをちょっと食べるようになりました。
yukakoさんが昨日のコメントで書いてくれていますが、ぼくの経験からいっても、霊的修行を進めるうちに、肉のようなものは自然と食べたくなくなります。
この前、母がケンタッキーを出して、食べたところ、ほんとに美味しくないんですね。
みんなよくこんなものを食べていられるなと思うんです。
聖地巡礼の前日には、体を「浄化する」ためにも、まったく肉を食べないようにしています。
やっぱり、肉を食べると波動が粗くなり、霊的感受性が鈍ります。
重要なことでダウジングをやるときにも、事前に肉を食べないようにしています。
その方が、ダウジングの「感度」が良くなるようなので。
アーチストと呼ばれる人々にも、ヴェジタリアンが多いですね。
肉食で感性が鈍るのがわかるのでしょう。
古今東西、天才とか偉人と呼ばれた人々の多くも、誰に言われたのでもなく、ヴェジタリアンになっています。
ぼくの先生は、必ずしも全ての人がヴェジタリアンになることを薦めてはいません。
でも、少なくとも霊的修行を志す期間においては、やはり菜食をした方が良いといわれています。
肉や油のものは、人間の感情を激しくするとも言っています。
先生いわく、要は肉などを食べても影響されない人間になる、つまり霊的に覚醒すればいいんだということのようです。
【参考サイト】