探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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鳥居の起源を探る


日本の神社ならばどこでもある鳥居についての話です。
鳥居の起源については諸説あって、定説が定まりません。
古代イスラエルとの関係もいろいろ示唆されていて、それについて検討してみます。

古代イスラエルの神殿

古代イスラエルにあった神殿の入口に、鳥居と似た柱が立っていました。
下記ページの、ソロモン王の神殿の絵を見てください。
http://www.fas.harvard.edu/~semitic/HOAI/adultmain.cgi?article=temple.htm

これは、紀元前10世紀頃にソロモン王がエルサレムに建てた神殿の想像図です。
これが日本の鳥居の元になったものではないかという説もあります。
私がイスラエルで買った本には、別の神殿の想像図があって、そこにはちょうど上記ページの図のような木の柱があって、その基礎部分に獅子が座った姿の像があります。
ちょうど日本の神社の鳥居と狛犬のように見えます。
鳥居のもっとも古い形は、柱が2本建っていただけだという説もあります。
古代イスラエルの神殿にも、門口に2本の柱が立っていました。
この柱を含むソロモンの神殿についての詳細は、旧約聖書列王記上の7章に書かれています。
ちなみに、ヘブライ語で門のことをtaraaといい、これが鳥居の語源だという説もあります。
「トリイとタラアなんて似てないじゃないか」と思ってしまいますが、ヘブライ語の場合は母音よりも子音が重要であって、子音が一致する方が大切なのかもしれません。

過ぎ越しの祭

鳥居の起源に関するもう一つの古代イスラエル的アプローチは、過ぎ越しの祭りです。
今年の元日に伏見稲荷大社に参拝して、このユダヤ教の風習を思い出しました。
かつて、モーセたちイスラエルの民は奴隷としてエジプトにいました。
当時80歳だったモーセを、神が指導者として約束の地へと向かわせようとするが、ファラオがこれを妨害しました。
そこで神は、エジプトの「すべての初子(長男)を殺す」という禍を与えた。
そして神はモーセたちに、戸口に子羊の血を塗って印とすれば、その家の初子は助かると告げた。
神はその印をつけた家を「見過ごした」のだった。


下記ページに、過越の祭のときに玄関に血を塗っている絵があります。
http://www.bible-history.com/art/story.htm
玄関の2本の柱と鴨居に血を塗った図は、神社の朱色の鳥居を連想させます。
琉球地方にはこれに似た風習があって、「看過」とか「シマクサラー/シマクサラシ」などと呼ばれます。
牛や豚を屠ってその血を家の門口に塗る疫祓いの風習です。
看過というのは見過ごすという意味で、過越と名称まで一致しています。
下記ページでシマクサラーのムービーが見れます。
このケースでは、血を塗る代わりに肉そのものをぶら下げているという違いはありますが。
http://www.culture-archive.city.naha.okinawa.jp/html/movie/40024012.html

蘇民将来伝承

京都の祇園や伊勢地方を中心として伝わっている風習があります。
家の玄関に「蘇民将来之子孫也」と書いた護符を飾っておくというものです。
疫病が流行したときなどに、この護符をつけることによって禍から免れたということです。
また、代わりに茅輪(ちのわ)を腰につけたりもします。
これが後に、6月30日や大晦日に神社で行われる茅の輪くぐりになりました。↓
http://www.pref.mie.jp/TANBO/BUNKA/mieb0214.htm


茅の輪が使われるようになったのは、「血の輪をくぐる」ことの代わりの行為ではないかと思ったりします。
古代イスラエルの過越しの祭りで、血を塗った玄関をくぐることは「血の輪をくぐる」といえるでしょう。
ケガレを嫌って血を塗ることに抵抗があった日本人たちは、血の代わりに茅(ち)を使うようになったのではないか、と。
そして神社では、血を塗る代わりに朱の鳥居を作るようになったのではないか。
まあ、これは思いつきレベルなので、本当にそうだったかどうかはわかりません。

鳥居は朝鮮半島起源か?

鳥居の起源について考えるために、鳥居にはどういう種類があるのかを見てみましょう。
下記のページがわかりやすいです。


鳥居の起源が朝鮮半島にあるという説があります。
今日ネットを探していて見つけたのが、韓国にある「ホンサル門(紅箭門)」というものです。
それは現在、全羅北道の慶基殿という宗教的建造物に残っています。
下記ページの下の方に写真が載っていますので、見てください。
http://homepage2.nifty.com/taejeon/kaiho/kaiho-39b.htm


こういうものがたとえ韓国に残っていても、鳥居が古代イスラエルに起源があるという説を否定するものではないかもしれません。
あの秦氏朝鮮半島から渡ってきたとされています。
しかも、色も朱色で、秦氏が創建した伏見稲荷大社などの鳥居と共通しますね。
やっぱり日本の歴史を調べるには韓国など周囲の国々のことも調べる必要がありますね。
井の中の蛙」になってしまわないように。
更に調べていくと、鳥居に関しては古代イスラエル起源説は捨てなければならなくなるかもしれません。
さらに探求を続けることにします。


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