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大洗聖地巡礼〜弟橘比賣神社


この下の記事で書いているように、今日は久々に大洗へ聖地巡礼した。
大洗は私にとって「定番ルート」みたいになっていて、廻る順番もほぼ決まっている。
もちろん私の聖地巡礼は、自分の意思によって行く場所を決めるのではない。


…というようなことを毎度書くのは煩雑になるが、初めてこのブログに遭遇した人は事情がわからないだろうから。
私は「神さまの操り人形」として生きていて、聖地巡礼する場所などは、マップダウジングによって示された「うしろの存在」の指示に従っている。


今日の指示は、いつものように弟橘比賣神社(天妃神社)→大洗磯前神社→大洗諏訪神社というルート。
…になるはずだった。
ところが、昨日と同様の強風(春一番?)によって、予定が大幅に変わってしまった。


東京から大洗へ行くには、高速バスとJR特急「スーパーひたち」の2つのルートがある。
高速バスの方が安く済むのだが、すごく早起きしなければならない。
今回はJR特急の方を選んで、10:00上野発に乗るつもりで上野駅へ行ってみた。
すると、9:00発の特急がまだ発車していない。
強風のため常磐線がストップしているためだ。


仕方なく、指定券を買わずに自由席券で9:00発の特急に乗り込む。
だが、なかなか発車せず、30分が過ぎる。
「うしろの存在」にお伺いしてみたいが、ダウジングのペンデュラムを持ってこなかった。
10円玉3枚を取り出し、これで伺うことに。
「大洗へ行くべきならば、10円玉の表を出してください」
両手の中でコインを振って、出たのは3枚とも表。
思わず苦笑。


「この結果は、もしかしたら偶然ではないか」
デイパックの中にペンダント型のミニオカリナを見つけ、ペンデュラムの代用にしてみる。
「大洗へ行くべきでしょうか?」
すると、縦に振れて、やはり「決行せよ」との指示。
自分的には、かなり行く気がうせかけているのだが、命令とあらば仕方ない。


結局11:00過ぎにやっと発車した。
しかし、途中でまた停車したりして、1時間で水戸に着くはずのところが、2時間以上もかかってしまった。


こうなったら、時間的に1社しかお参りできない。
弟橘媛神社のみだ。
水戸から鹿島臨海鉄道線で大洗へ。
駅前から循環バス「海遊号」に乗り、祝町で降りる。

弟橘比賣神社(天妃神社)

私がオトタチバナヒメ弟橘媛)とご縁ができたいきさつについては、長くなるので省略。
「詳細は下記の記事を読んでください」と書きたいところだが、その「下記の記事」が多すぎて、全部書けない。
しょーがないので、「入門編」だけ記しておく。^^
下記の記事が、初めてこの神社を訪れ、衝撃的な「神遣い」との遭遇があったときのこと。
長いので、天妃神社のところだけ読んでください。


下記は、トンボの神遣いが現れたときのこと。


そして、弟橘媛さまを家にお祀りするようになったいきさつ。


弟橘比賣神社の鳥居の脇には、工事中の機材が置かれている。
まだ改築工事が完了していないのだろうか。
それとも他の工事か。
ブログ記事を見てみると、最後にこの神社を訪れたのは、昨年5月5日の誕生日のことだった。↓


私がこの女神さまに出逢った当初に感じたものは、女神さまの「苦悩」だった。
それを、トンボとかいろんな形で示されてきた。
その原因のひとつとして、この神社の荒廃ぶりがあったのではないかと思う。
それが、1年前に訪れたときはきれいに改築されて、本当に嬉しかったものだ。
私の祈りが少しでも役立っているとしたら、更に嬉しいのだが。
それはどうかわからない。



拝殿前で手を合わせて、いつものお祈り。
いままで、ここで祈っていても、あまり強い「神の力」を感じたことはなかった。
だが、1年前にしても今日にしても、これまでとちょっと違う印象を得た。
うまく表現できないが、もしかしたら神社の改築によって「神の力」が強まりつつあるのだろうか。
もちろん、そのような物理的な変化だけではないが、それに付随する


この記事のひとつ下の記事で書いているように、沖縄の比嘉良丸さんから、15:00に祈りを合わせるようにとのお願いが出ている。
当初は、3番目に行く予定だった大洗諏訪神社で祈るつもりだったのだが。
15:00まで15分ほどあるので、境内をブラブラしてみる。


豊御食津大神

改築に併せて建てられた碑文を見る。
弟橘比賣神社は、昭和18年に河川工事があった際に、それまで近くの那珂川河畔にあった神社がここに遷座されたとある。
そして、同じく河畔にあった沖洲神社の御祭神である豊御食津大神と合祀された。
当初は水戸光圀公が中国の女神である媽祖を祀ったのが始まりだった。
その後に、御祭神弟橘媛に変えられた。
その名残で、現在も媽祖の別称である「天妃神社」とも呼ばれている。


最初はオトタチバナヒメさまにばかりお祈りしていたが、豊御食津大神(トヨミケツオオカミ)も御祭神だったのだ。
神前で、これまでの無礼をお詫びする。
豊御食津大神といえば、食物を司る神さま。
稲荷神社の御祭神と同一の存在と思われ、非公式には、伊勢神宮の外宮の御祭神である豊受姫大神トヨウケヒメオオカミ)とも同一視されたりする。
これらの神々は、もともと秦氏が信仰した神と深いつながりがあると思われる。


浜岡原発の祈り

15:00になり、浜岡原発で祈る良丸さんたちに祈りを合わせる。
ヨシマルさんの依頼の通り、「自然災害、人災の無難と世界の安定と平和」を祈念する。
良丸さんたちは、今朝は三浦半島で祈って、その後に静岡へ向かったようだ。
短い祈りだったが、けっこう深いところまで行けたような気がする。
それまで強い風が吹いていたのが、一時的にとまったようだ。


祈りを終えて、バスの時間まで20分ほどある。
何かお供えしなければと、感じるものがある。
水戸駅のキオスクで買った水戸納豆のスナックをお供えする。
そして、拝殿の周囲だけをお掃除することに。
神社の境内を掃き清めることは、自分の心が洗われるようなことでもあるかもしれない。


今回は特に不思議なことは起きなかったが、天候に恵まれて、気持ちよい巡礼となった。
楽しみにしていた大洗磯前神社諏訪神社にお参りする時間がなくなってしまったのが残念だが。
水戸から高速バスで帰宅。
家に着いたのは20:00過ぎだった。


まったく関係ないけれど、先週から腰痛に悩まされている。
ちょっと腰をかがめるだけでも痛みが。
それまでまったく痛くなかったのが、先週昼休みに東伏見稲荷神社へお参りした日からこうなった。
そういうこととは関係なく、単に自分の姿勢が悪いせいだったりするかもしれないが。


※ヨシマルさんの祈りに合わせてくださった方々、どうもありがとうございました。


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