探求三昧2(旧はてなサイト) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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問題の3月13日


数日前に登録したばかりの『ブログ村』の「スピリチュアル」ランキングが、じわじわと上昇しつつある。
当初は60位台だったのが、今日見たら23位だった。
ベスト20になんとか入ることはできても、それより上へ行くのは難しいかな。
それとも、これから下降線をたどるだけか。^^;
けっこう面白そうなブログもあるので、少しずつ覗いていくことにする。


3月1日の記事で、比嘉良丸さんの重大な啓示を紹介した。
3月13日に関東地方で「とてつもない大きな出来事が起きる」というもの。↓
http://d.hatena.ne.jp/nmomose/20080301/keiji


だが、ダウジングで伺ってみたところ、13日は何も起きないだろうということだった。
自分のダウジング結果を確信しているわけはなく、常に迷いが付きまとっている。
だが、多少は安心したというのはある。
そして実際、今日は何も起こらなかった。
そう言いきってしまうには、まだあと数時間あるわけで、本当にそうなるかどうかはまだわからない。
だが、変な胸騒ぎもないし、多分このまま平穏無事に過ぎ去るだろう。


今日も何事もなく過ぎ去ったことに対して、神々に感謝したい。
各地を聖地巡礼して必死に祈っている人々のおかげかもしれない。
首都圏の大惨事だけは絶対に避けようと、「向こうの世界」で必死で奔走してくれている存在もいるだろうか。

Save Our Planet

だが、長期的に見て、いつまでも「何も起こらない」という根拠は何もない。
長期的スパンで見れば、首都圏直撃の大地震は時間の問題かもしれない。
この国で、戦争がまったく起こらないだろうという根拠もない。
際限のない自然破壊によって、人類は自分の首を絞めつつある。
加速度的な物質的欲望は留まるところを知らない。


『Living in the Material World』(ジョージ・ハリソンの歌の題名)
モノ・モノ・モノへの欲望が、われわれの心を狂わせる。
(モノというのは物だけではなく、宇宙の「物」的原理でもあったりする)


私が作詞作曲して録音中(現在はペンディング)の『Save Our Planet II』は、こういう出だしにしようと考えている。

はるか未来を想い
見えてくる映像は
砂漠に埋もれてる
自由の女神


小学生の頃だったか、一人さびしく星空を眺めながら、想っていた。
「この地球は、いつか滅びてしまうのかな?」と。
いったいどこからそんな発想が出てきたのか、いまとなってはわからない。
ただ、この世界に生きていて、子供ながらにいつも違和感を感じていた。
「この星は自分の本当の居場所ではないかもしれない」と。


もしも創造主が「この地球も人類も、存在価値がまったくない」と判断したら、どうなるだろうか?
そう判断されても仕方のないような要素が、この星には多分にあるように思う。
新聞のニュースや週刊誌の広告記事を見ていると、この世こそが「地獄」ではないかと思えてくる出来事ばかりだ。
この地球に生きていて心底イヤになってくるようなことが。
物欲、権力欲、親殺し、子殺し、家族の殺人、不倫、裏切り、企業悪、不誠実…。


「そんなことはない。地球の未来はバラ色なんだ」という人もいる。
だが、「根拠のない楽観主義」ではマズイと思う。
反対に、「根拠のない危機意識」でもマズイだろうが。
いま流行のフォトンなんたらとかアセンションプリーズとかも(ちょっと違ってる?)、「本当なんだろうか?」と思ってしまう。
信じないと言っているのではなく、自分自身の不勉強もあって、信じるに足る根拠がまだ欠けているということ。


私も、これを読んでいるあなたも含めて、人間の考えること・やることは常にあやふやさが付きまとう。
何一つとして、絶対に確かということはない。
この世界に絶対というものがあるとすれば、それは「宇宙の絶対」(創造主の存在)のみではないか。


そういうことを悟ってからは、あまりに自分を信じすぎないようにしている。
私が言うこと・書くことは絶対ではないから、絶対に信じてくださいとは言えない。
あなた自身が判断してください。
…ということを、このブログで毎回書くのが面倒なので、省略しているだけだ。

絶対的なもの

絶対的でないことを絶対と思い込むと、それは宗教になってしまう。
宗教は、良い面も悪い面も持ち合わせている。
自分たちの教祖・教義が絶対と思い込むことによって、いろんな矛盾が生じてくる。
極端な場合、社会との対立によって、犯罪なども発生する。
それは、自分たちが絶対だという虚妄から生じることが多いのではないか。


薄ら笑いを浮かべた「聖者」でも、これは本物だと洗脳されてしまったら、もうオシマイかもしれない。
オシマイにならないために、良心との葛藤があるかもしれないが。
本物か偽者かの区別は、むずかしい。
私もいままでいろいろ過ちを犯してきた。
まあ、それも一つの学習なのだろうが。


今の時期、なにか大きな変化の前触れのような雰囲気を感じる。
その「大きな変化」が、われわれにとって好ましいものかどうかはわからないが。
だいたい、いつも書いているように、「良い」「悪い」なんて人間たちが勝手に判断するもので、本当は自分に起きることはすべて「良いこと」なのだろう。
それがたとえ悲惨なことであったとしても、結果的に魂の成長を促してくれる出来事ならば。


われわれが思っている「自分」なんていうものは、実際は肉体に引っ付いた肉体意識という「嘘の自分」であって、本当の自分である魂とは程遠い。
だから、「自分が、自分が」という気持ちを捨てて、いっぺん自分というものを突き放して自分を客観的に見つめることができる人は、高いところへいっぺんにジャンプできるようになるのかもしれない。
でもこれが、言うは易く行なうに難しなのだ。


欲望の権化と化して、自分が蓄積してきたものを守ることしか頭にない人々よりも、この世の汚い部分ばかり見せられて厭世的になってリストカットする若者の方が、ある意味で望みがあるのかもしれない。
大人たちがどんなに「今の若い者たちは…」といっても、私は若者たちに託したいものがある。
それを伝える場が、このブログであったりする。

祈り

13日22:00〜14日1:00の間に、祈りを合わせてくださいという依頼が回ってきたので、祈ることにします。
また、ある人の依頼に応じて再度ダウジングしました。
近いうちに日本で、被害があるような大きな地震など自然災害は起きないとのことです。


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