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横浜聖地巡礼〜媽祖祭



今日(2009/03/20)は春分の日で、3連休の始まり。
久々に聖地巡礼ということで、横浜へ行ってきた。
前夜にダウジングで、この3連休に聖地巡礼すべきかどうかを伺った。
すると、"YES"と出たので、マップダウジングをすると、地図上で横浜中華街のあたりが出た。
2006年に開廟された、横濱媽祖廟(よこはままそびょう)だ。
新しい中華街の強力な護り神。
それから、山手の近くの諏訪町にある諏訪神社も行くようにとの指示だった。


ふと思って、横濱媽祖廟のサイトを見てみる。
すると、春分の日の今日はちょうど媽祖祭の日だった。
媽祖生誕1050年記念の年であり、また横浜開港150周年を記念して盛大に行なわれる。


媽祖(まそ、Mazu)様は、1000年ぐらい前の北宋時代に、中国・福建省に実在した女性だった。
非常に強い神通力があり、神がかったシャーマンだった。
天后とか天上聖母とも呼ばれる。
媽祖さまについては、『聖地巡礼ファイル』シリーズの1作で詳しく紹介している。
「#265 天上聖母伝説を追って」で、媽祖さまを祀った香港の天后廟へ巡礼したときのことを書いている。

ダウジングの不思議

媽祖祭は、昨年と一昨年は開廟記念日の3月17日に行なわれたようだ。
なので、今年は春分の日の3月20日に行なわれるなどとは、まったく知らなかった。
方針が変わって、春分の日に行なうようにしたのだろうか。
そういう状態でダウジングをしたら横浜中華街が出たのだから、不思議なものだ。
ダウジングというのは、過度に信頼を置かないようにしている。
自分の潜在意識によって、不正確な結果を得てしまうことも、少なくないからだ。
正月とか夏休みとかに遠出をするときには、何度かダウジングをしてみて、行き先に間違いはないか確かめている。


だが、いつもデタラメにペンデュラムが振れているわけではない。
それは、経験的にわかっている。
前述のような不思議な一致があるからだ。
聖地巡礼先を伺う度に、「なぜ今、○○なのか?」と疑問が生じる。
だが、聖地巡礼が終わってから、はじめてその意味がわかることも多い。


初めて媽祖廟に導かれた経緯は、もっと不思議だった。
あれは2006/03/16(木)のことだった。
週末に聖地巡礼すべきかどうか、いつものように「うしろの存在」にダウジングで伺ってみた。
すると、横浜の諏訪神社2社と出た。
そして、なぜか横濱中華街の関帝廟(かんていびょう)も。


「なんで関帝廟なんだろう?」と思っていたところへ、ある人からコメントがついた。
横浜に媽祖廟が開廟されるという情報だった。
「ここにおよばれしているのでは?」と。
まさにその通りだろうと、すべてを悟った。
そのダウジングをした翌日が、まさに開廟される日だったのだ。
関帝廟は私の間違いで、この媽祖廟へ行けというのがダウジングの主の指示だったのだろう。↓


どうも、私についている守護霊とか神仏は、何もかもお見通しのようだ。
「今度どこそこに新しい神さまが祀られたぞ」とか、「今年は何日がどこそこのお祭りだから行くように」とか、わかっていて指示してくるのだろう。


15年前に聖地巡礼を始めて、いままで数百ヵ所を巡礼してきた。
なぜか、神社の祭礼の日にめぐり合わせることは、ほとんどなかった。
ふつう神社ならば年に数回お祭りがあって、偶然その日に巡礼させられることがあっても、おかしくはない。
だが、そうではなく、大きなお祭りの直前に巡礼させられることが多い。
ほとんどの場合、現地に行ってみて、はじめてそのことを知るのだが。
思うに、祭りがつつがなく執り行われるようにお祈りしなさいというのも、目的としてあるのではないか。
要は裏方なのだ。

媽祖さまとのご縁

私は本当に、媽祖さまに「お呼ばれ」されたのだろうか。
なぜ百瀬と媽祖がつながるのか。
それについては、話せば長〜いストーリーがある。
どういうわけか、海を司る女神さまにご縁がある。
インドネシア・ジャワ島のラトゥ・キドゥル(Ratu Kidul)さま、宗像三女神さま(江島神社の御祭神も)、弟橘媛オトタチバナヒメ)さま…。
そのオトタチバナヒメさまとのつながりで、媽祖さまにもご縁があるらしいことがわかってきたのだ。
下記の記事でも書いている。


はじめて媽祖廟へお参りしたときのことは、こちらで書いている。↓


もっと過去に遡れば、前述の聖地巡礼ファイルで書いているように、2002年に香港の天后廟へ聖地巡礼している
。あのときに、つながりができたのかもしれない。

横浜へ

2009/03/20(土)
朝起きると、外では強い風と雨の音。
こういう状態で媽祖廟へ行っても、屋内に入れなかったら外でずっと立たされることになる。
9時頃に家を出るつもりだったが、しばらく天気の様子を見ることにする。
天気予報は午後も70%を示していて、どうも雨は避けられないだろうと。
だが、霊力の強い媽祖さまのことだから、なんとかしてくださるのではないかと、心の底では思っていた。


10:30頃になり、雨と風の音が静まったので、出かけることに。
外に出ると、雨はすでにやんでいた。
12:00頃に、東急線の元町・中華街駅に着く。


媽祖廟のブログで得た情報によれば、今年は横浜開港150年と媽祖生誕1050年の節目の年にあたる。
台湾の台南大天后宮の協力のもとに、新たに縁結びの神様「月下老人」、学問の神様「文昌帝君」、子宝に恵まれる「註生娘娘」並びに安産をお守りする「臨水夫人」のを四尊の神様をお迎えするという。

媽祖廟

今朝の雨がウソだったかのような晴天。
やっぱりダウジングははずしていなかった。
媽祖廟は、以前は500円で線香を買わないと、神殿内には入れないようになっていた。
それが評判が悪かったのか、100円を支払って拝観券を求めれば、入れるようになったようだ。


すでに媽祖祭拝神儀式は終わっていて、新生子成長祈願式が行なわれている。
神殿内に、小さな子供を連れた家族がたくさん集まっている。
そういう子供たちの成長を祈願する神事のようだ。
いちばん後ろで、いつものお祈り。
そして、地震津波などの自然災害を大難から小難に振り替えていただくお祈りも。


霊感がある人たちが口を揃えていうのは、媽祖さまの像から強いパワーを感じること。
私も、初めてお参りしたときに、同様のことを感じたものだ。
巡行(パレード)が始まるのが14:00からなので、先に第2の巡礼先である諏訪神社へお参りすることに。

諏訪神社(諏訪町)

今回は、詳細の地図をもってこなかった。
諏訪町の諏訪神社だけは、前回迷ったので、印刷してきた。
神奈川県の地図帳はあるが、これでは詳細はわからない。
かつては、この中華街がある山下町に住んでいた。
なので、なんとかなるだろうと。
それが失敗だった。


中華街から元町を過ぎて、山手へ上る道。
そこまでは良かった。
だが、そこから道に迷ってしまった。
気がつくと、上野町というところに来ている。
地図帳を見ると、本牧のちょっと手前あたりだ。
ケータイのナビに頼ろうとしたが、途中でバッテリー切れ。
30分以上歩いて、目印のブリキのおもちゃ博物館の前にやっとたどり着く。
そこを過ぎてちょっと歩いていくと、裏手に諏訪神社があった。


鳥居もなく、小さな社が建っているだけ。
民家にはさまれた小さな敷地だ。
前述の記事「横浜の思い出と諏訪神社の不思議」でも書いたように、私は諏訪神社がない地域には住めないようになっているらしい。
横浜に住んでいたときも、例外ではなかった。
住んでいた山下町の近くに諏訪神社が、しかも2社もあるとは、まったく知らなかった。
というか、30代前半のその頃は、神道諏訪大明神にもあまり縁が無いと思っていた。
諏訪大明神の存在なくして人生が成り立たないというか、よっぽど深いつながりなのだろう。

巡行

もう14:00になってしまった。
急ぎ足で、外人墓地の脇を通って中華街へ戻る。
媽祖廟の前では、たくさんの人だかりができていた。
そして、爆竹の音が聞こえてきた。
媽祖廟の前で、巡行が始まっている。

なんと呼ぶのだろうか。
長崎諏訪神社の祭り・長崎くんちの龍踊りのようなものが行なわれている。
等身大の媽祖像を載せた神輿もある。
踊りや笛太鼓の楽隊も練り歩く。
爆竹をたくさん入れた車つきのカゴを引いた男性が、私の前に止まる。
その人が「危ないよ」とか何とか言った直後に、超大きな破裂音。
鼓膜が破れるかと思った。
そういうもんだとわかっていれば、両耳をふさいだのに。
近くで繰り返し聴いていたら、難聴になってしまうかもしれない。

ちょっとユーモラスな獅子舞


巡行が動いて行き、媽祖廟の前が静かになってきた。
こんどは落ち着いて、再度お祈りする。
地震沈静の祈りも含めて、もう一度。
その後で、おみくじを引く。
今年正月の聖地巡礼では、どの神社でも大吉が一度も出ず、今年の運勢は悪そうだった。
ここの(というか中国の?)おみくじは、何番という番号はあるが、「大吉」などと書かれていない。
書かれている文言によって、自分で吉凶を判定する。
出てきた57番には、こうあった。

心を落ち着かせることをお勧めします。安泰の時期に来ている。前途清吉、この期間中、神のご加護を受け、大きな事故はないし、平安あり、事業順調。〜運気は安泰の時期にある。

少し運気が上がってきたということか。

神輿

ここで、神輿について少し書いておきたい。
みこしのようなものは、日本と古代イスラエル(契約の箱=アーク)以外にも、あるのだ。
この媽祖廟の神輿は、媽祖像が乗っていたりして、外見がちょっと異なる。
だが、以前に中華街で買った『海神媽祖』という本の写真では、日本の神輿に近いものもある。
古代イスラエルの「失われたアーク」を真似たものは、古代中国にも入っていたのだろうか。
10支族がシルクロードを通って日本にたどり着いたとすれば、あり得ることだろう。


ただ、中国の風習が日本やイスラエルと大きく異なるところがある。
それは、日本の神道ユダヤ教では、基本的に偶像を祀らないということ。
今日神輿の上に載った媽祖さまの像を見て、そう思った。


基本的に、媽祖信仰は10支族とは関係がない。
だが、神輿の風習がどういうルートで中国(または台湾)に入り込んだのかが、興味があるところだ。


※今日はビデオもたくさん撮ってきた。
間に合わなかったが、後日編集してYouTubeで公開したい。


媽祖と中国の民間信仰

媽祖と中国の民間信仰

(私以外に「媽祖おたく」が日本にいるかどうかわからないが、もしいたら必読の本。学者が書いているから固いが内容は信頼できる)

追記(2010/12/05):媽祖祭YouTube映像

私が投稿した媽祖祭YouTube映像を貼り付けておく。


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