探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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西新橋の生地跡がTVに


昨夜(12/04金)、帰宅して何気に新聞のTV欄を見ると、私の従兄弟の名前が目に入った。
名前を言えば誰でも知っている、○川憲一だ。
「○川の実家跡」とある。
TBS系列で20:00頃からやっている『ぴったんこカン・カン』という番組だ。
○川が築地などの美味しい店を回るという企画のようだ。


実は、私は幼少児に○川と同居していた。
その頃、○川の育ての親が、港区西新橋で小さな印刷屋をやっていた。
○川と私にとって共通の叔母だ。
父がそこで働いていて、一家で家を間借りしていたのだ。
すぐに千駄ヶ谷へ引越したので、短い間だったと思う。
今のJR新橋と地下鉄虎ノ門の間あたりだった。


おそらく「実家跡」というのは、その場所のことだろう。
さっそくテレビを見てみることに。
始まったばかりの番組では、○川と柳原可奈子と安住アナが築地で食べ歩いていた。
銀座へ移動し、最後に着いたのが、西新橋。
やっぱりそうか。
だが、○川が住んでいた実家は、いまでは駐車場に変わりはてていた。
何通りだったか、正確な位置はもちろん覚えていない。


○川は長野県諏訪に生まれ、2歳のときに上京し、そこにあった家に22歳頃まで住んでいたという。
私にとっての生地が跡形もなく消え去っていたのは、ちょっとショックだった。
その後に住んだ千駄ヶ谷の借家も、その後東京オリンピックのために高速道路ができるので、立ち退きとなった。
そして調布へ引っ越したのが5歳頃のことだった。
西新橋にいた頃は、○川は小学校高学年か中学生だっただろう。
子供の頃、私は彼を「お兄ちゃん」と読んでいた。


西新橋には、2〜3歳の頃まで住んでいたのだろう。
歩いて数分で行ける日比谷公園へは、よく遊びに行っていたのだろう。
大人になって、日比谷公園が妙に懐かしく感じたのも、無理もない。
あの頃の記憶は、ほとんどない。
家の裏の方に駄菓子屋があったことを微かに覚えているぐらいだ。
そこで、ポンポン蒸気の船のおもちゃを買ってもらったことがあった。


数年前、ダウジング産土神さまを伺ったことがあった。
それは愛宕神社だという。
日比谷公園と逆方向へ歩いていったところにある。
日本で初めて放送が開始されたことで知られる愛宕山の上に鎮座する。
主祭神は、火産霊命(ホムスビノミコト)。
他に正面社殿には、水の神の罔象女命(ミズハメノミコト)、 山の神の大山祇命(オオヤマヅミノミコト)、日本武尊ヤマトタケルノミコト)が祀られている。
境内には末社として、猿田彦大神稲荷大神、大黒天、弁才天も祀られている。
私がご縁があると思っている神さまばかりだ。
やはりそういう神々の縁によって導かれたところに人間は生まれるのだなと、つくづく思う。


最後に、○川の最大のヒット曲のひとつを。
私はまだ10歳だった。
あの頃、彼はまだ「無口な男」のイメージで売っていた。
私生活では「地」のままのオネエ言葉だったが。



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