このブログ久々の[探究]タグ。
記事のタイトルをどうするか、かなり迷った。
「歌謡曲のルーツは平安時代にあった」とか。
これでは興味を惹く人が限られるかな、とか。
音階の話は、音楽の本質に迫るものがある。
今朝の朝日新聞の土曜日版「be」の記事からネタを得た。
「ヒットの源流は平安朝 ピンキーとキラーズ『恋の季節』」という意味不明な見出しだった。
ピンキーとキラーズの『恋の季節』といえば、もう40年前にヒットした歌謡曲だ。
私はまだ中学生の頃だった。
まだ高校生だったピンキーこと今陽子と4人の男性のグループが歌う、R&B風の曲だった。
この歌と平安朝と、いったいどんな関係があるというのか。
昭和の5大ヒット曲に数えられるこの歌が、ある民族音楽学者の探究心を刺激した。
それは、東京芸術大学の故小泉文夫教授(1927-1983)だった。
民族音楽が好きな人で、この人の名前を知らない人は少ないだろう。
そのくらい、この世界に入り込めばこの人の業績に出くわすという人だ。
世界中の民族音楽について博識をもち、膨大な資料を収集していた。
それら資料は、東京芸術大学音楽学部の「小泉文夫記念資料室」に集められている。
インドネシアのガムラン音楽の日本での普及にも貢献した人だ。
二六抜き音階
小泉教授は1973年頃に、歌謡曲の音階の構造を研究していた。
そこで、大変な発見をした。
いずみたく作曲の『恋の季節』の構造が、じつは日本で古くからあるわらべ唄や民謡のそれと似通っている。
更に遡れば、それは平安時代の「風俗歌」がその源流といえるというものだった。
『恋の季節』や山本リンダの『どうにもとまらない』など当時のヒット曲の中には、「二六抜き音階」という、日本で古くからある音階が見られた。
「二六抜き音階」とは、イ短調ならばラから数えて2度(シ)と6度(ファ)が抜ける五音音階的なものだ。
近くに楽器がある人は、「ラドレミソラ」(上昇する)と弾いてみてください。
『恋の季節』は、わらべ唄そのものの構造でできていた。
だから、子供たちにもすぐに覚えて口ずさむことができた。
日本人に限らず、7音音階よりも5音音階の方が容易に歌え、覚えやすいのだ。
二六抜き音階は、ニロ抜き音階と呼ばれることがある。
YouTubeで、ピンキーとキラーズの貴重な映像を見つけた。
1968年12月31日の、おそらく紅白歌合戦の映像と思われる。
今陽子さんは、この頃まだ17歳ぐらいだったようだ(もしサバ読んでなければ)。
出だしのAメロの部分は、たしかに二六抜き音階だ。
◎恋の季節
次に、わらべ唄の例として、『肥後てまり唄』の映像を載せておく。
「あんたがたどこさ」と言った方がわかりが良いだろう。
この歌は、二六抜き短音階だけで構成されている。
◎あんたがたどこさ (わらべうた)
琉球音階とペログ音階
沖縄には、琉球音階がある。
これは、一種の二六抜き長音階といえるだろう。
楽器がある人は、「ドミファソシド」と弾いてみてください。
ここでミとシをフラットさせると、二六抜き短音階となる。
この二六抜き長音階は、インドネシア・ジャワ島やバリ島に伝わるペログ音階と似ている。
ただ、ペログ音階はそもそも西洋音階とは音律が異なるのだ。
難しい言葉でいうと、ペログ音階は一種の微分音階なのだ。
簡単にいうと、西洋音階とは音と音の間隔が異なるということ。
ヴァイオリンや二胡など自分で「音(音程)を作る」楽器ならばなんとか音階を奏でることができるが、ギターのような楽器では無理がある。
琉球音階は、島唄と呼ばれる沖縄地方の民謡で使われる。
THE BOOMの大ヒット曲『島唄』や喜納昌吉&チャンプルーズの「ハイサイおじさん」などでも、この音階が使われている。
ただし、琉球音楽では「ドミファソシド」のほかに、時によってはレの音なども経過音的に使われる。
琉球地方は、昔は東南アジアなど諸国との交易も盛んだった。
琉球音階は、もしかしたらインドネシアのペログ音階に影響されてできていったのかもしれないと考えている。
たとえば沖縄の「チャンプルー」という言葉は、インドネシア語の原型となったマレー語のcampur(チャンプゥル、mixの意味)が語源と思われる。
言葉と同様に、音楽が伝わっていた可能性もあるのではないか。
現代のヒット曲にも見られる
二六抜き(ニロ抜き)短音階は、現代のヒット曲でも多く見られる。
その一例をあげておく。
- 『どしゃぶりの雨の中で』(歌:和田アキコ、作曲:小田島和、1969年)
- 『我が良き友よ』(歌:かまやつひろし、作曲:吉田拓郎、1975年)
- 『ペッパー警部』(歌:ピンクレディー、作曲:都倉俊一、1976年)
二六抜き音階の例として、もっと最近の曲はないかと思って、シンガー・ソングライターの中村中(あたる)さんの曲を思い出した。
自分がいわゆる「性同一性障害」であることを公表して話題となった。
いわゆる体は男で心は女というパターン。
江原さんがオーラの泉で言っていたように、けっして「障害」とは思わないが。
そのことについては、また別の機会に。
特に好きな曲の中で、『友達の詩』が、まさに二六抜き短音階だった。
『裸電球』という曲も好きだが、これもサビの部分で二六抜き短音階が現れる。
無意識でこういう音階を選んでいるのか、または意図的にそうしているのか。
他の曲でも、五音音階を多様したりと、音階というものを強く意識して作曲しているように思われる。
じつは、この『友達の詩』や『裸電球』を聴いていて、音階に強く惹かれるものがあったのだ。
こんど自分でも二六抜き音階を使って曲をつくってみようかなと思っていたものだった。
以前にも同じ映像を紹介したけれど、その『友達の詩』のライブ版を貼り付けておく。
この人は音楽的センス抜群。
ファルセットもきれい。
◎中村中 - 友達の詩
ロック音楽でもおなじみ
じつは、二六抜き短音階は、私のように長年ロック音楽を演奏してきた人間にとっても馴染みのあるもののだ。
というのも、ロックギターを始めてまず覚えさせられるスケール(音階)が、まさにこの二六抜き短音階なのだ。
Aマイナーのペンタトニック・スケールといって、最もベイシックなスケールだ。
ちなみにPentatonicというのは、五音音階のこと。
ラドレミソ(ACDEG)と弾いていく。
下記のYouTube映像はロックギターのレッスンのためのもの。
最初の1分ぐらいで、そのペンタトニック・スケールを弾いている。
このスケールさえ知っていれば、ロックのアドリブをなんとか弾くことができる。
◎Pentatonic Scale Patterns - 01
この音階がロックでも使われるということは、それだけ聴いていて気持ちよいと思わせる普遍的な何かがあるのだろう。
世界に広がる音階
二六抜き音階は、日本の他にも朝鮮半島、モンゴル、中央アジア、トルコ、さらにはハンガリーなどのユーラシア大陸に広く広がっている。
これらの分布を見ると、騎馬民族や遊牧民族を連想させて探究心を煽られる。
今後の課題としたい。
前述の小泉文夫教授の研究は、『歌謡曲の構造』(平凡社ライブラリー)などの著作で書かれているが、残念ながら絶版のようだ。
同じシリーズの『音楽の根源にあるもの』は、貪り読んだ覚えがある。
人間と音楽の関係とか日本人のルーツにかかわる本質的な内容を含んでいると思う。
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