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祈りと救い(4)


※これは連載なので、できたら第1回分から読んでくださいね。

祈りは叶うか

せっかく神仏に対してお祈りしても、その願いが叶えてもらえなければ悲しいですね。
では、叶えてもらえるような願いとはどういうものでしょうか?
それは、祈る対象によって異なってくるでしょう。
一般的に、低い次元の存在ほど、祈りを叶えてくれるもののようです。
いわゆる人霊に毛が生えたような存在とか神霊の類いですね。
そういう人間に近い存在ほど、願い事をすれば叶えてくれることが多いみたいです。
もちろん、そのためには「信仰」、つまり神さまとの結びつきが必要ですね。


これはいつか場を改めて書きたいと思ってますが、神仏の世界にはヒエラルキーがあります。
上に書いたこととは逆に、次元が高いところの神々、あるいは宇宙創造神ほど、個人の願い事は簡単には叶えてくれなくなるようです。
その点からすると、キリスト教のような一神教の神を信仰している人たちは偉いですね。
なかなか願い事を叶えてもらえなくても、黙々と感謝の祈りなどを続けるという意味で。
その点、日本人の宗教というのはドロドロした現世利益が多くて、嫌になってきますね。

ぼくが信仰する神社では、何か個人的な願い事を祈る場合、まず最初に、この現実世界や霊界、神の世界の調和と霊的な進化ができますようにとお祈りをして、その後で個人の祈りをしなさいと教えています。
全体が良くなれば、その中の一部としての「個」も、自然と良くなって行くものなんですね。
それと、個人的なお祈りをする場合は「皆が成り立つ結果にお導きください」と祈ることも大切です。
つまり「自分だけが良くなりますように」ではマズイということですね。
次元が高いところの存在ほど、人々に平等に愛を与えるわけで、たとえ信仰があるからといって一部の人たちだけに待遇よく扱うというようなことがあれば、不平等です。
たとえば、自分が常日頃から嫌な奴だと思っている人が病気にでもなって、自分は健康になりますように、なんて祈っても、高い次元の神々はそういうエゴイスティックな願いは叶えてくれないでしょうね。
全体がうまくいくように祈ることが大切です。


それから大切なことは、何か願い事を叶えてもらったら、かならずお礼参りをすることです。
人間だってそうでしょう?
何か頼みごとをしておいて、一生懸命やってあげたのに、お礼も言わないでは怒りますよね。
神々や仏さまも同じです。
低い次元の存在ほど願いを叶えてくれると上に書きましたが、そういう存在は、お礼参りを忘れると罰をあてることも多くなるんです。

聖地巡礼と個人の願い

私のように聖地巡礼をする人々が、少しずつ増えてきているようですね。
嬉しいことです。
前に書いたように、私が信仰する神社では、宇宙創造の神を祀っているので、他のどんな神社仏閣へお参りしてもかまわないのだと教わっています。
つまり「われ以外の神を崇めるな」なんて了見の狭いことは言わないんですね。
ただし、そこでは宇宙全体の平和を祈って、また、お参りさせていただいてありがとうございますと感謝だけして、個人の願い事はあんまりしないようにとも教わっています。
世の中には、いろんな神仏に願掛けをして廻る人々がいますね。
でも、そういうのって、一歩間違えるとおかしくなったりしますね。
基本的に、個人的な願い事というのは、自分が信仰する神仏や、縁があると感じる神々にだけ祈れば良いでしょう。
ぼくが全国各地の神社仏閣へお参りして祈ることは、まず宇宙全体の平和。
そして、「(その神社仏閣に)お参りされる方々や地域一帯に住まわれる方々がすべて幸せになり、霊的成長ができ、皆が成り立つ結果にお守りお導きください」と祈ります。
そして更に、その聖地巡礼で一貫した「テーマ」があれば、そのことについて祈ります。


ちなみに、宇宙全体の祈りとは、たとえば「顕界と霊界の間に霊的進化と調和が起き、地球に神の国ができますように」というようなものです。
世界の平和、宇宙の平和を祈るならば、この現実世界だけのことを祈っても方手落ちで、霊界や神々の世界でも争いが収まり、平和な世の中になりますようにと祈るのです。
このように、宇宙全体の調和のために祈ることを続けていれば、それが徳を積むことにもなり、自然と霊的成長ができて、自分や家族のことなどは、自然と良くなっていくものなんでしょうね。
【続く】


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