探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

地震前兆・超常現象研究家の百瀬直也が地震予知・災害・防災・予言などを探求するWeb/ブログ(はてな旧サイト)




小田さだ佐野ヤイコ宮沢


この記事は「クリスマスの約束」というタイトルにしようと思ったが、正月早々メリークリスマスでもないだろう、ということで。
それで、こんな変なタイトルになった。
DVDレコーダーで録画していた『クリスマスの約束 2007』を、やっと見た。
2007年12月25日のクリスマスの夜に、毎年TBS系列でやっている番組だ。
小田和正が、共演したいアーティストに手紙を書いて呼ぶということで始まった企画。
さいきんは、そういう手紙はなくなったのかな。
2001年から始まったから、2007年で7回目を迎える。


で、今更だけどの記事。
今年も(去年か…)感動を得た番組だった。
というか、いつになく感動の連続だったので、なんにも書かずに終るわけにはいかない。
タイトルは、もちろん、この番組のライブで招かれたゲストアーティストの名を連ねたもの。
最初は「小田・さだ・佐野・矢井田・宮沢」としたけれど、「・」を省略したら、こんなになってしまった。
mixiマイミクさんのトップページに表示される日記のタイトルって制限があるので、さいきんブログのタイトルはなるべく短くしている。

小田和正

まず、ちょっと小田和正オフコースのことを。
オフコースは、ずっと好きだった。
自分にとって特別なアーティストだった。
あとから登場するさだまさしも言ってたけど、グレープとかオフコースとか、暗いとか軟弱だとか言われてたんですね、昔は。
オフコースって、デビューの頃はアコースティックギターだけで歌っていたこともあって、「フォークグループ」と思われていたんです。


でもね、オフコースって以前から、すごく玄人受けするグループだったんですよ。
高度な音楽性をもっていたということで。
たとえば、あの山下洋輔とかが絶大な隠れオフコースファンで、あと坂本龍一とか矢野顕子もそうでした。
ミュージシャン受けするアーティストなんですね。


どのへんが「高度」だったかわかりますか?
たとえば、ジャズ的なコードを取り入れたりとか。
コーラスでいうと、クローズドハーモニーという形態なんですね。
といってもわからないかもしれないけど、一言でいうと、ハモるのがむずかしいんです。
ぼくは昔はよく、オフコースの曲を多重録音で録って、「ひとりコーラス」とかやってました。
だから、コーラスが難しいというのがよくわかるんですね。


昔は「和製カーペンターズ」なんて呼ばれていた所以です。
初期のデュエット時代には、小田和正鈴木康博の二人だけで多重録音によって厚いコーラスを作り出していたわけなんですね。
そのことだけでも、非常に高い音楽性をもっていたことがわかります。
でも、その高度さをあまり感じさせずにさらりとやってのけていたり。
「かっこよすぎること」はわざとやらないとか、その辺に見識を感じるんですね。


あ、いつのまにかデスマス調になっていた。戻そう。^^;
ど〜も私は、熱くなってきて読者に語りかけたくなると、デスマス調になってくるみたいなんですね。
変でしょ?


ところが、そういう高度な音楽性をもったグループが、最初の頃はぜんぜん売れなかった。
日本ではまだ、時代がオフコースに追いついていなかったというのもあるのだろうけど。

なぜオフコース

そもそも、私がオフコースを好きになったキッカケはというと、妹が好きでよく聴いていたから。
ほとんど無名のデビューアルバムからよく聴いていたから、かなりのファンだったのだろう。
最初はまったく興味がなかったけれど、あるとき妹が、『秋の気配』という曲をギターでどう弾くのと聞きに来た。
それで、何度か聴いて耳コピして、教えてあげた。
とはいっても、アルペジオを崩したような難しい奏法だったので、妹は弾けるようにはならなかったが。


でも、その曲が「なかなかいい曲だな」と思ったのがキッカケで、妹のLPを借りていろいろと聴いていくうちに、好きになった。
アルバムでいうと、『ジャンクション』の頃だったか。
デビューから7年ほどたった1977年頃のことだった。
私がちょうど大学生のときだ。


あの頃まだ、オフコースってぜんぜん売れてなかった。
でも、それは世間での知名度がなかったというだけで、ライブでは熱烈なファンが多かった。
その後、『さよなら』の大ヒットによって、知名度が急上昇した。
もっとも、『さよなら』は、オフコースの中でもっとも嫌いな曲のひとつだが。
あまりにも「フォーク的」というか、説明をつけずらいけど、とにかく好きではない。


好きな曲はというと、絞り込むのが難しいけれど、特に矢野顕子も大好きだという『夏の終わり』とかね。
あとは、最高傑作の一つだと思ってる『I LOVE YOU』とか、現代の賛美歌として作ったという『生まれ来る子供たちのために』とか。
それから、初期のライブにしか収められていない『キリストは来ないだろう』
あの曲は、未完成というか過激すぎるというか。
小田和正が歌う「愛」というのは、根底にあるのは、じつはキリスト教的な愛なんですね。
単なる男女の愛と思って聴いていると、騙されることがある。
頭がいい人だから、そこらへんはバレないようにうまくやってる。^^


小田さんがソロになってからあまり聴かなくなったけれど、嫌いになったわけじゃなくて、時々TVなどから流れてくる歌を聴くと、やっぱり良いと思う。
たとえば、生命保険のCMに使われてる曲とか。
『たしかなこと』だったか。
でも、オフコース時代の方が好きな曲が多いかな。

宮沢和史

今年は、新聞のTV欄でゲストたちの名前がバレていた。
最初に出てきたゲストは、THE BOOM宮沢和史だ。
『中央線』など2曲のオリジナルを歌ったが、大好きな『島唄』を歌ってくれなかったのが残念。
いつも思うのは、この人はすごく魅力的な声だなということ。
小田さんが良いと思うアーティストは、独特の歌声をもった人が多いのではないか。
声に関心が行くというのは、小田さん自身がやっぱりヴィシュダタイプだということもあるのかな。
これから紹介するアーティストにしても、そういう傾向が強いのではないか。
これ読んでる人には、なんのことやらわかんないかもしれないけど。
このブログでは、聞きたいことがあったら、遠慮せずにどんどん質問してくださいね。

さだまさし

小田さんが一人で『秋桜(コスモス)』を歌ったと思ったら、次は「この曲をつくった人が来てくれました」といって現れたのが、さだまさし
この人も、むかしだったらタモリとかに「ネタ」にされやすい人だけど、すごく感動を呼ぶ曲を書いている。
いちばん好きなのは、グレープ時代の『無縁坂』だろうか。


このハイトーンがきれいな二人が共演するというのだから、見ものだ。
しかも、二人で曲を作ったという。
(ほとんど小田さんが強制したような形ではあったが)


そうしてできたのが、『たとえば』という曲。
さだまさしが作詞して、小田和正が作曲。
大成した二人のシンガーソングライターが競作するのだから、すんなりとはいかない。
最後のフレーズをどっちが歌うかでもめにもめたが(互いに譲り合った)、最後にはさださんに押されて、小田が折れて自分が歌うことになった。
やっぱりアーティストというのは頑固者揃いだな。

矢井田瞳

次に、くるりというグループが出たけれど、省略。
いままで、ゆず、スキマスイッチといったアーティストとクリスマスの贈り物として合作してきた小田和正が、今年は意外な組み合わせだった。


紅一点として紹介されて登場したのが、ヤイコこと矢井田瞳
この二人、ファン層があんまり重ならないんじゃないかな。
この人も、歌う声が以前から好きだった。
私が「好きだ」といっても、騙されないでください(?)
好きだというアーティストのことを、必ずしもよく知ってるわけじゃないので。^^
まず何よりも、私にはどっしり腰を落ち着けて音楽を「鑑賞」するという習慣(暇)がない。
時々TVなどで見て「いいな」と思う程度です。


彼女は、独特の節回しにしても曲作りにしても、オリジナリティーに富んでいる。
海外でもファンが多いのもわかる。
学生のときに音楽をやりたくなって、初めてギターを手にしてから2年後にプロデビューしたというからすごい。
生まれ持っての才能というしかない。


矢井田瞳って何歳ぐらいなんだろうと、ウィキッてみると…。
1978年7月28日生まれで、今年で30歳になる。
このあたりの誕生日の女性って、不思議と縁があるんですね。


そういえば、小田さんは昨年で還暦を迎えたとか。
つまり60歳。
矢井田瞳はちょうどその半分の年齢ということになる。
それにしても、還暦を迎えてもまだ現役で曲作りをしたりライブをやるというところに、励まされる。
俺もまだできるんじゃないか、みたいな。


で、この二人が作詞作曲したのが、『恋バス』という歌。
クリスマスソングという意味では、オフコース時代につくった名曲『Christmas Day』とか、ゆずと合作した曲の方が良かった。
なんだか二人の良さが十分に現れないで終ってしまったかな。
ヤイコのオリジナル曲が聴けなかったのも残念。

佐野元春

ぼくはこの人にも、特別な思い入れがあるんですね。
なんか、曲にすごく深い意味がこもってるでしょ?
誰でもそうだと思うけど、やっぱり『Someday』がいちばん好きな曲です。
傷ついた若い心をこの歌で癒された人も多いことでしょう。


1985年7月に、学生だったときにTVで生中継された「Live Aid」で、佐野元春が日本代表の一人として登場しました。
あの頃はよく知らなかったけれど、『SHAME』という英語の歌を歌っていた。
「I'm so angry」と歌うそのメッセージ性の強い歌詞が、いつまでも耳から離れなかった。
汗だくになって、世の中に対して怒りまくってるんだという姿勢を顕にしていた。
「この人も戦っているんだな」と思いながら、聴いていた。


じつは私ねー、佐野元春と同じ歳なんですよ。
魚座の人が好きなんだけど、この人も魚座ですね。
1956年3月13日生まれです。
俺もそうだけど、今年で52歳か。


その二人が歌ったのは、もちろん『Someday』
小田さんが「歌う前に、何か」と促して、佐野元春はこう言いました。

「Someday、いつかきっと」と思う心、
それを歌にしました。
20代には20代のSomeday、
そして30代には30代の、
そして40代には40代の
「いつかきっと」という気持ちがあると思います。
そう思いながら、この曲をみんなで歌えるのを幸せに思います。
一緒に歌いましょう。


この言葉を聞いただけで、歌が始まる前から、もうダメでした。
瞳が濡れて、字幕の歌詞がよく見えなかった。
矢井田瞳がうしろでコーラスをつけている。
この子、驕りとか気負いとかがまったくなくて、いいですね。
こんなビッグアーティストになっても、イヤな顔せずに引き受けてるんだから。
それにしても、なんと豪華な顔合わせだろう。

最後に

7年目の今回が、いちばん豪華な顔ぶれとなったのではないか。
録画しておいて正解だった。
いつまでもとっておいて、宝物になるかもしれない。
見れなかったけれど、どーしても見たいという人は、連絡ください。
音楽を愛する気持ちが同じならば。


ビッグアーティストたちの権利の問題などがあって、DVD化の声が高いけれど、実現していない(一部は発売されている)。
今回歌われた曲とか、過去のゲストなどについては、下記Wikipediaのページが詳しい。


Copyright (C) 2004-2020 Naoya Momose - 百瀬直也. All Rights Reserved. Email