探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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大洗でカメラを失くした


今日は3連休の3日目。
茨城県の大洗へ聖地巡礼してきた。
4年前に初めて巡礼してから、これで9回目ぐらい。
さすがにもう巡礼記はいいかなと思っていたが…。
チョンボをしてしまったので、やはり書かざるを得ない。


これだけ何度も大洗へ巡礼させられるのは、弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)さまとの御縁による。
それは書き始めると長大なストーリーになるので、割愛する。
今年4月に巡礼したときの下記の記事で、まとめ的に書いている。

聖地巡礼の指令

昨夜1:00すぎに、海の日にはどこかへ聖地巡礼すべきかと、うしろの存在に伺ってみた。
もちろん、いつものダウジングで。
地図上で出たのは、大洗。
「またか」という感じだ。
弟橘比賣(おとたちばなひめ)神社、大洗磯前(いそざき)神社、大洗諏訪神社という、いつものルート。


ダウジングというのは、時として、自分の潜在的な願望などが出てしまうこともある。
これは自分の経験的に、非常によくわかっている。
だが、自分的には、同じところへそう何度も足を運びたくないというのが本音だ。
しかも、大洗といえばけっこう遠出になって、交通費も馬鹿にならない。
なので、大洗へ行かされるのは、「自分の意思とは裏腹に」と考えざるを得ない。


祈りの目的を伺うと、「地震沈静」
それ以外は、なしだ。
久々の聖地巡礼になる。
GWに北九州へ巡礼して、かなりヘヴィーだったので「リハビリ」というわけでもないのだが。
来月のインドネシア聖地巡礼の準備で忙しかったこともあった。


今日は海の日で、国民の祝日
その日に海を司る女神さまのところへ巡礼するというのは、やはり偶然ではないのだろう。
だが、それならば江島神社でも、横濱媽祖廟でも良いのではないか。
なぜ大洗なのだろうか。
殊更にオトタチバマヒメさまということならば、家で神札をお祀りしている三浦半島の走水神社の方が近いのに。

大洗へ

朝9時ちょっと前に、家を出る。
上野発の夜行列車…じゃなかった、スーパーひたち号の指定を取って、水戸経由で大洗へ。
大洗から循環バス海遊号に乗り込む。
いつもと違い、高校生ぐらいの若者のグループが多い。
運転手に「どこまで?」と聞かれて、「どこでもいいから海水浴ができるとこまで」とか答えている。
大洗は、地名の由来は「大荒」だったのではないかと思うほど、波が荒い。
遊泳禁止のところもある。


大洗に来るときには、地図は要らない。
この神社はどのバス停で降りるとか、全部頭の中に入っている。
必要なのは、海遊号の時刻表だけだ。
それも、1日乗車券を200円で買うと、ルートマップとともに付いてくる。

弟橘比賣神社(おとたちばなひめじんじゃ)

祝町バス停で降りて、弟橘比賣神社へ。
鳥居の脇に、白い大きな花(野生ラン?)が咲いている。
石段を上って境内を見ると、綺麗なので掃除の必要はない。
まあ、落ち葉や桜のシーズンではないからということもあるだろうが。


いつものように、お祈り。
宇宙全体の平和、神社の氏子や周辺住民の幸せを祈る。
そして、地震などの自然災害を、大難を小難に振り替えてもらうための祈り。
この神社では、あまり大きな「神の力」を感じたことはなかった。
だが、今回はちょっと違っていた。
10分以上祈り続けているうちに、上から光が降りてきたような感覚。
その光が大きくなって、自分が包み込まれるような。
トランスではないが、名状しがたい至福感。
しばし、その感覚に身をゆだねる。


4年前に初めてお参りしたときには、あまりにも荒廃していて「なんとかしなければ」と思ったものだった。
神の力など、ほとんど感じなかった。
あれから、私の祈りが効いたのかどうかわからないが、社殿や境内も整備され、美しくなった。
これでひとまず役目は終えたかなとも思う。
だが、それにしてはまだ呼ばれるのは、どういうわけなのだろう。

神遣い?

大祓祝詞を唱える。
終わって時計を見ると、30分以上たっていた。
境内の隅に腰かけて、しばらく休憩。
掃除はする必要ないし、そろそろいいかなと思う。
そう思ったとたんだった。
体長4センチ前後の大きなスズメバチが突然現れた。
私の眼の前30センチほどのところを滞空している。
30秒ほどして、飛び去っていった。
ちょっと固まってしまった。


花柄のようにも見える青いバティックシャツを着ていたせいで、寄って来たのか。
それとも、これも「神遣い」なのか。
もしかして、女神さまがまだ居てほしいということなのか。
まあ、偶然かもしれないが。
この神社では、カニとか瀕死のトンボとか、いろんな神遣いらしき小動物が現れるので、またかと思ってしまう。
まだ居てほしいというサインなのかもしれないが、掃除もする必要なさそうだし、引き上げることに。


バスの時間まで1時間弱あるので、隣のアクアワールド(大洗水族館)のバス停まで歩いていくことに。
自作曲『Say "I Love You"』をYouTubeで公開するために、海辺の光景を動画に撮りたいのだ。
ちなみに、この曲の音だけはこちらで公開している。
ヴォーカルは初音ミクだ。↓
http://piapro.jp/noya_japan

カメラがない!

アクアワールドの前の海岸で、動画を撮影する。
この辺は遊泳禁止だが、家族連れなどが海辺で遊ぶ姿が目立つ。
バス(海遊号)が来て、乗り込む。
2つ目の大洗磯前神社前で降りる。
長い石段を上って、境内へ。


ちなみに、この神社は大洗磯前(いそさき)神社なのだが、茨城県民と思われる人でも「いそまえじんじゃ」と呼ぶのを聞くことが多い。
拝殿前で、10分ほどお祈りする。
境内の写真を撮ろうと思って、デジカメがないことに気づく。
神社に入ってからは、手水舎と拝殿前の荷物置き場に、デイパックとともに置いた覚えがある。
拝殿前にも、手水舎にも行ってみたが、ない。


いちばん最後に記憶にあるのは、アクアワールドのバス停でバスを待っていたときだった。
あの時には、たしかにカメラを手にもっていた。
すると、海遊号の中で置き忘れたか…。
巡礼どころではなくなってきたが、たくさんある境内末社でお祈りせずに帰るわけにもいかない。
気を取り直して、本殿の裏へ回ってお祈りする。


バスの時間まで30分ほどあるので、休憩所で座って待つ。
バスに乗ったときに、運転手に聞いてみよう。
座席に置き忘れた可能性が高いと思うので。
それ以外の可能性といえば…。
あんまり考えたくはないが、拝殿の荷物置き場に置いていたときに、誰かに盗まれたということ。
だが、神社にお参りにきて、人の物を盗む人などいるだろうか。
万が一そうだとしたら、カメラを失くしたことよりも、そちらの方がずっとショックだ。


バスに乗り込む。
本来ならば諏訪神社前で降りてお参りしなければならないが、パスさせてもらう。
大洗神社で降りるときに、運転手に聞いてみる。
だが、カメラの落し物は預かっていないとのこと。
ガクッときた。


パナソニックLUMIXDMC-FZ8という、12倍ズームレンズ搭載の「聖地巡礼仕様」(?)カメラだ。
一眼レフのように大きく重すぎず、邪魔にならないが最低限のズーム機能などはあってほしいという希望を満たすもの。
買ってからまだ2年かそこらだから、まだまだ十分使用に耐えるものなのに。

毎度お騒がせ

やはり、「あんまり考えたくない」可能性が当たりだったのか。
理由が何にしても、なくなったものはもう仕方がない。
物に執着がない方だから、すぐに諦められる。


念のため、神社に問い合わせてみようと思う。
大洗駅で電車を待っているときに、携帯のGoogleで検索して、電話番号はすぐにわかった。
水戸駅に着いて、特急の指定券を買ってから、ホームで電車を待つ間に大洗磯前神社に電話してみる。
カメラを忘れてしまったかもしれないと言うと、「パナソニックルミックスというのが…」
「そ、それです!」


さすが神社の神官の方々、人を疑うということを知らないのか。
最初は、本当に持ち主かどうか確認するために、カメラの形や型番などを聞いても良さそうなものだが。
手水舎の前に置き忘れてあったのを、どなたかが社務所に届けてくださったという。
来週末に取りに行きますと言って、電話を切る。
ホームに入船してきたフレッシュひたち号に飛び乗る。


なんだ、そういうことだったのか。
思わず神さまに感謝する。
いつもながら、不注意な自分に呆れる。
たとえ一時でも、神社で物を盗む人がいるなどと考えたことを後悔する。

もしかして…

この半生で、財布をなくしたことが5〜6回あった。
1回を除いて、いつも戻ってきた。
その1回も、現金は小額だったし、カードもすぐに止めたので、被害は最小限で済んだ。
パリでは、すられた財布さえも、中身の金もすべて無事で戻ってきた。
奇跡的というしかない。
聖地巡礼先で、携帯を落としたこともあったが、これも戻ってきた。


あっ、そういえば…。
いま気づいた。
ケータイを落とした日のこと。
あの時も、オトタチバナヒメさまが祀られた神社2社を巡礼していたのだ。
2006年1月9日のことだった。
こちらの巡礼記で書いている。


あの時、女神さまに、こう祈った。
「もし私が弟橘媛さまにご縁があるのでしたら、何らかの形でお示しください」と。
もしかして、その願いに応えて、『神業』を見せてくださったのだろうか。
落としたケータイは、善良な男性によって、無事に戻ってきたのだ。
あくまでも、ひとつの可能性としてだが。


じつは先ほども、もしかしたら、オトタチバナヒメさまが「イタズラ心」でされたのではないかと、ちょっと思っていたのだ。
私にもっと神社に居てほしかったのに、海辺で動画を撮るのを急いで、神社を出てしまったから?
私はその「いたずら心」によって、また来週もお参りしなければならないのか。
ちょっと考えすぎかもしれない。


いずれにしても、今日はこの女神さまとのつながりが深まったような感覚を得た日だった。
来週土曜日に行ったときには、ちゃんと掃除をして帰ろう。
そうすれば、当分は呼ばれなくなるかも?
私はつくづく、海の女神さまにご縁がある。
来月のジャワ島巡礼も、その海の女神ラトゥ・キドゥルさまに呼ばれているのかもしれないのだ。

大洗でカメラを失くして大笑い


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