今日で2011年の東日本大震災からちょうど2年たった。
昨日は近所の産土神さまである武蔵野神社へお参りして、3.11犠牲者慰霊などの祈りをした。
もう何度も書いているが、御祭神は猿田彦大神さまと諏訪大明神さま(建御名方神、タケミナカタノカミ)という超強力コンビ。
これも何度も書いているように、私が今生で自分で物件を選んだ土地には、半径1.5キロ以内に必ず諏訪大明神が祀られた神社があった。
知らない人のために書いておくと、百瀬家は父方が諏訪で、先祖代々諏訪大社を氏神として信仰してきた。
そして、私もこの神様に守護されているらしい。
そういう人間が、事前に全く知らずにそういうところに住んでしまうのだから、「動かされている」としか思えない。
武蔵野神社は、祈っていて、かなり「神の力」を感じる。
たとえ御祭神が霊力の強い神様であっても、すごく廃れていて神の力を全く感じないようなところもたくさんある。
昨日はサルちゃんと龍矢を連れて、龍矢が5日に1歳を迎えられたことの感謝の祈りもした。
また、サルちゃんも3.11の犠牲者のために祈るように指示した。
上座部仏教徒であるタイ人は「タムブン(徳を積むこと)のため」と言えば即座に意図を悟ってくれる。
こういうことばかり書いていると、どんどん脱線するので、本題へ。
いま、大田区の平和島から流通センター近くにある派遣先まで2キロちょっとの距離を朝夕歩いている。
その途中、京急平和島駅の近くに、観音様がある。
美原観音という名称で、お寺ではなく、小さな観音さまのお堂があるだけ。
以前からお参りしたいと思っていたが、今朝はじめてお参りした。
私は過去生から観音様にはご縁がある。
3.11の祈りは、ここでやろうと決めた。
お堂の前に立ち、地震や津波の犠牲者が霊界で救われますようにと祈る。
まだ救われていない霊が多いような感触を得た。
このところ聖地巡礼から離れていることもあり、あまり確信をもっては言えないが。
時間が限られているため、普段の半分くらいだが、5分ほど祈っただろうか。
小さなお堂だが、仏の力のようなものは感じた。
私のような力のない者でも、少しでも祈りが通れば良いのだが。
この2年間、自責の念に苛まれてきた。
2005年8月から8ヶ月にわたり、白い袴を履いた「うしろの存在」の指示により、千葉から福島までの太平洋沿いを聖地巡礼し、地震や原発事故を食い止める祈願を続けてきた。
その終了直後には、津波のヴィジョンも見た。
いま思えば、すべては意味が通ったことだったのだ。
諏訪大明神や弟橘媛命さまは、この大災害を見越して、私を巡礼させたのだろう、としか思えない。
だが、自分の無力さを思い知らされた。
あの巡礼は全く無駄だったのだろうか、と。
その答えは、まだもたらされていない。
一連の巡礼の後で津波の光景を見させられたことの意味を悟るべきだった。
何度も大洗のオトタチバナヒメさまの元に呼ばれた本当の意味を。
福一のすぐ近くの諏訪神社などで祈らされた意味を。
今となっては、すべてが遅い。
いまの自分にできるのは、救われていない霊のために祈ることだけ。
これからも続けていかなければならないだろう。
2005年からの聖地巡礼のことは、こちらで書いている。
また、今朝は写真を撮る余裕がなかったが、こちらで見ることができる。