今日、本屋で『愛・地球博公式ハンディブック』を買ってきた。
ググッてみると*1、「愛知万博」よりも「愛・地球博」の名称の方を使われることが圧倒的に多いようだ。
この手のネーミングは、とんでもなくやぼったいものが平気で使われたりすることもあるが、これはなんとか合格点をあげられるのではないか。
2005年3月25日から9月25日までの185日間にわたって開催されるこの博覧会は、あるアンケートによると、半数の人々が「行ってみたい」と思っているほど、注目を集めているようだ。
日本の万博の歴史を振り返ってみると、5で割り切れる西暦の年に行われてきた。
- 日本万国博覧会(大阪万博):1970年
- 沖縄国際海洋博覧会:1975年
- 国際科学技術博覧会(科学万博-つくば'85):1985年
- 国際花と緑の博覧会:1990年
- 2005年日本国際博覧会(愛・地球博):2005年
1990年の花博の後は、バブル崩壊もあって間が空いて、15年ぶりの日本での万博ということになる。
いままでの万博は、「科学技術バンザイ」、「輝ける地球の未来を語ろう」というような趣のものだったが、21世紀最初に行われる万博では、そうも言ってはいられない。
いま誰もが、地球の未来について憂いをもっている。
今までのようなノーテンキな口上を並べていては、さすがに笑われてしまうということか。
今日買った『愛・地球博公式ハンディブック』の開催概要にある「愛・地球博 メッセージ」には、こういう能書きがある。
20世紀には、新しい地球社会が生まれた。
信じられないほどの科学・技術の進歩・発展、高速移動手段の発達途上法・通信技術の進化が、人・モノ・情報の交流を地球規模で活性化させ、世界を一変させたのだ。
その結果、巨大化した人類の活動は、地球自然の許容度を超え、さまざまな危機を知らせるシグナルが点滅し始めている。
『愛・地球博公式ハンディブック』(財団法人2005年日本国際博覧会協会)より
では、人類が現代の地球規模の危機を脱するにはどうすればいいのかを考える場を、愛・地球博は与えてくれるかもしれない。
そう考えてみると、やはり今までのお祭り色一辺倒だった万博と異なるものになるような気配を感じるのだ。
この万博のテーマは「自然の叡智」で、自然を尊重し、文明と共存することを提案している。
愛・地球博公式サイトはこちら。
http://www.expo2005.or.jp/jp/index.html:tite
また、民間人のサイトで、こういうのも見つけた。
0から愛知万博(愛・地球博)-URL変更のお知らせ
2005年日本国際博覧会 愛・地球博 公式ガイドブック (日本語版) (2005年日本国際博覧会MOOK)
- 作者: 2005年日本国際博覧会協会
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全体のことを考える
たんなる遊びで行くわけではないから、愛知万博で終わりではいけない。
名古屋へ行くからには、ダウジングで聞くまでもなく、やはり熱田神宮は行かなければならないだろう。
そして、できたら伊勢神宮へもお参りしたい。
去年の11月に沖縄本島へ聖地巡礼し、南端の糸満市にある白銀堂で沖縄の平和を祈った。
その1ヶ月とちょっと後に、あのスマトラ島沖地震が起きた。
ダウジングで沖縄へ行くように指示されて行ったのだが、あれは偶然のことだったのだろうか。
人間は、常に全体のことを考えていれば、それに対応した存在になれるものだ。
たとえば会社員が常に会社全体のことを考えて行動していけば、長年の勤務の末に、望まずとも自然と周りから社長にさせられるかもしれない。
常に日本全体のことを考えて行動していれば、日本という国を司る神と縁ができるかもしれない。
私の場合、あることをきっかけとして、世界全体が見える視点から物事を眺めるようになった。
そのきっかけとは、今考えてみると、次の言葉だったかもしれない。
世界ぜんたいが幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。自我の意識は個人から集団社会宇宙へと次第に進化する。
−宮沢賢治
いや、もっと言えば、ガキの頃からおかしな子供だったことはたしかだろう。
小学生の頃、ひとり夜空の星を眺めて、「この地球はいったいどうなってしまうんだろう」とか「地球はもしかして(人類の愚かさのために)滅亡してしまうのだろうか」などと生意気にも考えていた。
そして、常に世界全体のことを考えて行動するようになったら、いつかしら世界平和を打ち立てるために下りられた神と縁ができてしまった。
「今、自分に何ができるだろうか?」このような問いかけをすることによって、答えは自ずと天からもたらされる。
いま、こんなにも地球は病んでいる。
地球の痛み、神の痛み、そして、それは人類の産みの苦しみ。
真の喜びは、大きな苦しみのあとにやってくる。
それは、来るべき「神の国」へのプレリュード(前奏曲)になるだろうか。
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