まず近況ですが、数日前にAmazonから届いた『天皇のロザリオ(上)』が面白くて、むさぼり読んでます。
ちょっと「取り扱い注意」かもしれません。
もうすぐ上巻を読み終えてしまうので、さきほどAmazonで下巻を注文しました。
どういう内容の本かは、ちょっと一口には言えないけれど、終戦後のあるときに、昭和天皇があやうくカトリック教徒にさせられそうになったということをメインテーマとして追求しています。
その首謀者は、マッカーサーと吉田茂元首相だそうです。
…と書いてしまうと、それだけの本かと思われてしまうかもしれないけれど、本当だとしたら日本の歴史を覆してしまうような内容ばかりで、根は深いです。
『ダ・ヴィンチ・コード』に出てくるような、怪しい領域にどんどん入っていってしまいます。
自分的には、皇室とキリスト教との関係についての真実を探りたいというのが根底にあります。
明治天皇が語られたという「神道は、本来はユダヤ教である」という言葉の真偽を探求している途上で、このような本に出逢ったわけです。
今日はメールのことについて。
ぼくのところにはいろんな人々からいろんなメールやメッセージが来るんですが、それらにすぐに返信できないことを、申し訳なく思ってます。
ぼくがこの人生で、どれだけ多忙な人間かということは、ぼくのことをよく知っている人でないと、なかなか理解してもらえないでしょう。
ITのエンジニアということで、デフォルトで仕事が忙しいということは仕方ないにしても。
週末は聖地巡礼または家族とどこかへ行ったりで、家にいることは少ないです。
人生の貴重な時間を5分と無駄にしないようにという方針のもとで生きてます。
電車の中では必ず本とマーカーを手にしています。
電車やバスというのは、ぼくにとって、ほとんど唯一の読書の場なんですね。
家にいるときには、何かしら「アウトプット」していることが多くて、本を読んでいる暇がない。
インプットするにしても、それはネット上での検索に費やされています。
それでも年間100冊とか200冊は読んでいるでしょう。
いま常駐して働いている某社は、22:00以降は原則として働けないので、開発をやっていた昨年に比べたら救われている方です。
それでも、たまに早く帰れば21:00〜22:00に息子が寝るまでは遊び相手をしなければならない。
ぼくが小さい頃は、親に「遊んで」なんて言ったことはなかったかもしれない。
まあ一人っ子ではなかったけれど、一人で遊ぶのが好きだったんですね。
自分のことを宇宙人か何かだと思っていて、同じ年頃の子たちと考えが合わなかったのではないかな。
夜ひとりで寂しく星空を眺めながら、「この星は将来滅亡してしまうのか?どうなってしまうのだろうか?」などと想いにふけっていたガキでしたから。
何を書きたかったんだか…
あ、そうだ。メールのことでした。
霊的な相談とか、特異な体験をしている人とかからメールやmixiのメッセで相談をもちかけられることが多いんです。
でも、そういう類のメールはどうしても返信が重くなってしまって、後回しになってしまうんですね。
もちろんそういう相談事に応じることが嫌なわけはなくて、人の役にたつことを嬉しく思っています。
でも、どうしても返信が遅くなってしまうので、気長に待ってください。
こういう人間なので、本来いちばん大切な「アウトプット」の作業、つまり本の執筆も、なかなか時間が取れません。
今週末から9月はじめまで、家内と息子が北海道に帰省するので、その1ヵ月半ぐらいがチャンス到来かもしれません。
遅れに遅れていた『聖母と聖女−ルルドの奇跡(仮題)』の執筆に入れそうです。
メールで催促されたりしていますが、執筆をやめたわけではありませんので。
そういうメールを送ってくれることは、とても嬉しいことです。
聖ベルナデットについては、人一倍思い入れがありますから。