ダウジングのペンデュラムを買って、試しにというわけでもないが、自分を守護していただいている存在に、さっそくいろいろとお伺いしてみた。
今後の人生のこと、お祀りする神々のこと、聖地巡礼のことなど。
いちばんショックだったのは、うちの神棚にお祀りしている天照大神さま、諏訪大明神さま、弁才天さまのうち、弁才天さまは神棚からお下げすべきだということ。
数年前、うちでヒヌカンを建てるときに、うしろに諏訪の神様がついているのに神棚がないとはまずいということで、同時に神棚も建てることになった。
それを言われたカミンチューを家に呼んで、拝みをしてもらった。
では、弁天様ではなくて、どの神さまをお祀りすべきかと聞いたところ、大国主命さまだという。
では、どこから神札をいただけば良いかというと、さいたま市(大宮)の氷川神社だという。
あそこの御祭神といえば、須佐之男命、稲田姫命、大己貴命だが、大己貴命というのは大国主命の別名とされているから、たしかにそうなのだろう。
思えば、今年の正月あたりから大宮氷川神社へ行けとダウジングで指示されていたのは、そういうことだったのか。
弁天さまについてお伺いしてみて正解だった。
このへんがシャーマンのように神霊と直接対話ができる人々と違うところで、聞く方(自分)がある程度の「察し」をつけて質問をしなければ、長いことわからないままになってしまうこともある。
ダウジングの欠点というのは、たとえば「あなたは誰ですか?」というような質問には答えてくれないということ。
つまり「YES」か「NO」かの質問にしか答えられない。
うちで弁天様をお祀りしたのは、そのカミンチューの薦めによるものだったが、やはり人にはそれぞれ、優先してお祀りしなければならない神様というのがいるのだろう。
弁天様とは縁がないわけではなくて、神棚の外で置物などを飾って供物をお供えするのはかまわないという。
すでに置いている龍神の置物にも供物をお供えすべきだが、ガネーシャの置物はお下げして、誰かにあげなさいとのこと。
どうも、諏訪大社の神様や他の神々という尊い存在に守られながら、外国の神々をむやみに祀ってはいけないということらしい(弁才天ももともとは外国の神様−サラスヴァティだ)。
以前にラトゥ・キドゥルの件でも失敗しているから、素直に従うべきだろう。
こういう大切なことは1回のダウジングだけで決めるべきではないだろうから、後日確認することにしたい。
私はやはり出雲の神々に縁が深いようだ。
やはり私は、建御名方とミシャグジ神さまにも守護していただいているようだ。
自分の守護霊というか守護神についても、少しだけ聞くことができた。
自分の今後の人生については、どうも教えてもらえないこともあるようだ。
いろいろと新たに知ることが多くて、精神的に疲れた1日だった。